木漏れ日の中のクローバー

GuillainBarré Syndrome Supporter

少しでも、
安心を届けたい。

医療者としての視点ではなく、
実際に経験した「当事者としての言葉」で。
CLOVERのように、
小さな幸せがそっと広がりますように

田中舞美 ポートレート

ギランバレー症候群サポーター

田中 舞美

Maimi Tanaka

Introduction

体験したからこそ、
伝えられる言葉がある。

はじめまして、ギラン・バレー症候群サポーターの田中舞美です。

約10年前、私は突然この病を発症しました。昨日まで当たり前にできていたことが、今日はできない。急速に進む麻痺と、情報の少なさに、当時の私は深い不安の中にいました。

長い入院生活、リハビリ、そして後遺症との付き合い。その道のりは決して平坦ではありませんでした。

だからこそ今、同じ病気と向き合う患者さんやご家族に、「少しでも安心を届けたい」と思い、活動を始めました。これは医療者としてではなく、痛みを共有できる「当事者」としての活動です。

My Journey

回復への道のり

暗闇の中にいたあの日から、もう一度走り出すまで。

約10年前

突然の異変と宣告

体のだるさ、手の痺れ、足の脱力。近所の内科から紹介された大病院で、握力を確認された瞬間に即入院が決まりました。
「ギラン・バレー症候群の可能性が高い」。
初めて聞く病名に実感はなく、ただ「横になれて助かった」というのが本音でした。

入院初期のイメージ
おにぎりの思い出
入院・治療期

おにぎりと涙

起き上がることも、食事を摂ることもできない日々。
免疫グロブリン点滴治療と、毎日の筋力検査。
そんな中、看護師さんが握ってくれたおむすび。
やっと食事ができた時、涙が出るほど嬉しかったことを覚えています。
少しずつ座れるようになり、リハビリが始まりました。

退院〜リハビリ

日常への帰還

4週間目にようやく外泊が許可され、
帰宅して夕飯を作った時の喜びは忘れられません。
しかし、体力は戻っておらず、
退院後も杖が手放せない期間が長く続きました。
その後、体調悪化で再入院し、2回目の治療も経験しました。

夕飯を作る喜び
走った瞬間の足元
2024年 秋

「私、走れた!」

10年ほど杖を持ち続けていましたが、
ある日、信号が変わりそうでとっさに走った時、気づいたのです。
「えっ、走れてる…!」 あの瞬間の感動は、今でも胸に強く残っています。
あきらめかけていた「日常」が、そこにはありました。

活動への想い

CLOVERのように、小さな幸せがそっと広がりますように。

安心を届ける

病気の情報が少なく、毎日が不安だった当時の私。だからこそ、同じ不安を持つ方に「一人じゃない」という安心を届けたいのです。

当事者の言葉

医学的な解説ではなく、実際に痛みと不安を乗り越えてきた経験者だからこそ語れる、共感と希望のメッセージを発信します。

穏やかな心へ

誰かの不安が少しでも軽くなりますように。心が穏やかになりますように。
そんな願いを込めて活動しています。

今は辛い暗闇の中にいるかもしれません。
でも、私の経験が、ほんの少しでもあなたの足元を照らす光になれば幸いです。
ゆっくりでいい。
一緒に前を向いていきましょう。

田中舞美

田中 舞美

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